石戸蒲ザクラ(いしとかばざくら)
石戸蒲ザクラ(いしとかばざくら)
石戸の蒲ザクラは、鎌倉幕府を開いた源頼朝の異母弟である蒲の冠者源範頼にちなみ、蒲冠者(かばかんじゃ)の「蒲(かば)」をとつて名付けられたといわれています。
江戸時代には、石戸蒲ザクラを多くの文人が訪れ、”評判の桜”だったようで、滝沢馬琴「玄同放言」では、渡辺崋山が描いた江戸時代後期の石戸蒲ザクラが掲載されるなど当時、名桜として知られていたことがうかがえます。
石戸蒲ザクラは、大正11年(1922)10月12日に国の天然記念物に指定され、その当時はかなりの巨木であったことから「日本五大桜」のひとつにあげられていました。樹齢800年ということもあり、戦後はしだいに衰え、現在では主幹は枯れ、2本の支幹だけが残っています。しかしその生命力は素晴らしく、毎年4月10日前後には、白く可憐な花を咲かせ私たちを楽しませてくれます。根元周囲7.41メートル、樹高14.0メートル、支幹の太さは、南側2.4メートル、北側2.55メートル。樹種は和名「蒲桜(カバザクラ)」という世界でただ1本の品種で、最近の研究では山桜(ヤマザクラ)と江戸彼岸(エドヒガン)の自然雑種と考えられています。
| 石戸蒲ザクラ(いしとかばざくら) | |
| 江戸彼岸(エドヒガン) | |
| 4月上旬~4月中旬 | |
| 埼玉県北本市石戸宿3丁目119番地 東光寺境内 | |
| 北本市(きたもとし) | |
| 大正11年(1922)10月12日・800年 | |
| 石戸蒲ザクラ(いしとかばざくら)の情報 |