毎年訪れているお花見の名所で、主役の「」をお忘れではありませんか?
近年、の季節になるとニュースになるような大騒ぎをし、驚かされることが多々あります。これは、日本の首都圏や近畿圏をはじめとする地域では、の開花時期がちょうど「新入学」や「就職時期」などの新年度と重なることもあって、「花見=酒を飲む席」と認識している方が多く、それが原因のひとつになっているのではないでしょうか。
が楽しめるお花見スポットは、全国で大小合わせ、1,000ヶ所近くありますが、当サイトでは、それらから名桜や名木、また名所といわれるを選んでみました。毎年何気なく訪れている桜の名所の再確認、また旅先やお近くの歴史ある素晴らしいお花見スポットを探すなどにお役立て下さい。
今年からは、「団子より」で是非、お花見にお出かけ下さい。


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お花見の歴史

お花見の本来目的は、農業が忙しくなる前の休息やひと時の楽しみであり、またその年の豊作を願う「祭り」のような意味合いがあったようで、暦が存在しなかった時代には、桜の開花は、農業を行う際の、種まきの目安にもしていたようです。
桜(サクラ)の分布は、日本だけでなく東アジアを中心として、中国には30種以上、ヒマラヤには3種の野生種の桜があります。またヨーロッパから西シベリア内では3種、北米には2種あるといわれています。このように日本以外の国でも桜があるにもかかわらず、花見と称した「宴」を行う国は、どうやら日本だけのようで、その花見は「日本の文化」として世界的にも有名です。※「ワシントンの桜」があるワシントンでは、例年桜祭りが開催されています。(本記事最下部をご覧下さい)

・平安時代のお花見
京都の宮中で嵯峨天皇(さがてんのう:786-842)が、敷地内にある桜が開花したのを記念し、その桜の下で歌会や舞いを踊る宴を催しました。これが、花見のはじまりといわれています。当時その花見が、貴族の間で話題となり、毎年盛大な宴を繰り広げていたようです。この時代、お花見は一部の特権階級といわれる貴族だけのものだったようです。

・鎌倉時代のお花見
鎌倉時代になると、貴族社会から武家社会へと変わり、地方でも庭先などに植えた桜の下でお花見が広まっていったようです。

・桃山時代のお花見
桃山時代では、豊臣秀吉(とよとみ ひでよし:1537-1598)が、奈良の吉野山に山桜を一面に植込み、盛大なお花見を催したことがよく知られていて、秀吉はまた、慶長3年(1598)春、京都の醍醐寺において、豊臣秀頼、北政所、淀殿ら近親者や諸大名ら約1,300名を従えて盛大に催した、豪華絢爛な宴「醍醐の花見」も有名です。この時代から奈良の吉野山は、桜の名所となったようです。

・江戸時代のお花見
徳川吉宗(とくがわ よしむね:1684-1751)が8代将軍に就任した、江戸中期には、吉宗が江戸郊外にある隅田川堤や飛鳥山、小金井堤、御殿山などに桜を植えるよう命じました。この時代になると町民から武家階級まで多くの市民が花見を楽しんだようです。その背景に吉宗が、桜だけでなく、江戸の町中、現在の神田川の下流辺りの柳原土手に多くの柳の木を植えさせたり、江戸城の白塀を撤去し、松の木を植裁させたりするなどして、江戸の町を緑化したことにより、それらの場所で市民が憩うことができ、花見が広まったのではないでしょうか。
また江戸時代後期、市橋長昭撰・桜井雪鮮によって桜が写生された「花譜」には、234種の桜が描かれていて、これからこの時代には、桜の品種改良が盛んに行われていたことがうかがえます。春になると食される「桜餅」は、享保2年(1717)に「向島 長命寺桜もち 山本や」初代山本新六氏が考案し、今日も春の銘菓として親しまれています。
※桜餅については、当サイト「桜の雑学・桜餅」をご覧下さい。
また江戸時代は、町民や商人が中心となる時代背景から、老若男女皆が楽しめる行事=花見が、大衆化していったようです。また女性の間では花見小袖が流行し、女性は着飾りお花見に繰り出していたようです。

・明治時代のお花見
江戸時代以前の花見の桜は、山桜(ヤマザクラ)でしたが、江戸時代中期以降、品種改良された里桜が、育成され明治時代以降、日本で見られる桜の8割は、染井吉野(ソメイヨシノ)となっています。
また、「ワシントンの桜 」で知られる、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.のポトマック河畔にある桜並木は、明治の終わり頃、アメリカのタフト大統領夫人の希望により、当時の東京市長・尾崎行雄氏が贈ったものです。贈られた桜の苗木は、伊丹市の北部荻野小学校校区・植木の産地東野村で育てられ、東京の荒川堤の五色桜を挿し木にしたもののようです。「ワシントンの桜 」は、今年95周年を迎え、例年桜のシーズンになると桜祭りが開催されます。



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桜の開花・桜前線

桜前線
桜前線桜前線は、桜の開花を知るひとつの目安になっています。
桜は、例年1月から6月くらいまでの間に日本全国で桜が咲き始め、桜前線は、日本各地に染井吉野(ソメイヨシノ)を指定した標準木という基準を設け、それらが開花した日(位置)を日本地図上で結び合わせた線のことをいい、桜の開花は、一般的に気温が高いと早まり、気温が低いと遅くなります。



標準木
桜前線本州から北海道南部にかけては、標準木として染井吉野(ソメイヨシノ)が用いられますが、北海道や沖縄など染井吉野(ソメイヨシノ)が咲かない地域では、他の品種の桜が用いられます。
全国の標準木
・本州・・・・・・・・・・・・・染井吉野(ソメイヨシノ)
・北海道(南部)・・・・・・・・染井吉野(ソメイヨシノ)
・北海道(南部と東部以外)・・・大山桜(オオヤマザクラ)、蝦夷山桜(エゾヤマザクラ)
・北海道(東部)・・・・・・・・千島桜(チシマザクラ)
・沖縄・・・・・・・・・・・・・寒緋桜(カンヒザクラ)

桜前線はいつからはじまった?
桜の開花宣言は、誰が決めている?

桜前線「桜前線」の発表は明治終わり頃からはじまったようです。しかし当時は各気象台の管轄で行われていました。それが戦後になり、各気象台から気象庁へ変わりました。
桜の開花宣言は、「気象庁」が決めています。
開花宣言の決め方は、全国の地方気象台が定める「標本木」の桜の花が、5、6輪開いた時に開花宣言が出されるようです。
現在のようにデーター管理されていない時代には、桜が咲くと、桜の蕾(つぼみ)の重量をはかり、それにより桜の開花を予測していましたが、現在気象庁では、前年の様子、気温の変化などの情報をもとに「温度変換日数」というものを積算し、桜の開花予想を行っています。この開花宣言が発表されると、およそ一週間位で満開になることが多いようですが、桜の開花は、一般的に気温が高いと早まり、気温が低いと遅くなります。開花宣言発表後の気温に注意し、お花見の日程を決めるのが良さそうです。


桜前線北上中 桜の開花宣言とともに、桜の季節になると良く聞く、「桜前線上昇中」という表現。桜の開花は、例年1月の上旬頃、沖縄の八重岳からスタートします。その後九州地方、四国地方、中国地方、近畿地方、東海地方、関東甲信地方、北陸地方、東北地方、北海道と北上していくことから「桜前線北上中」といわれます。沖縄からはじまった桜の開花前線は、ゴールは6月上旬から7月上旬の北海道東川にある旭岳だそうです。また北海道の東端、千島桜の名所で知られる根室市の清隆寺の桜が咲くと、「桜前線が終点に着いた」などという表現も聞かれます。そのようなことで桜前線は、およそ半年の時間をかけ、日本全国を横断します。また高地にある山間部では、平野部と違い、気温が低いことから夏頃に開花するものもあるそうです。  


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